信じること

 

尾崎豊だったか、

 

「決して裏切るなよ」

 

その瞳の奥には、「決して裏切れない」体験を持たない者の悲哀が隠れているのだと思う。

もちろん、そんな体験を持つ者だって、それが本当であるかはわからない。

なんせ そこにこそ本当に深い川が流れているのだから。

 

加藤諦三の本かなにかで読んだが

大きな木をそれにしろという。哀しい事にもはや人間ですらない。

でも、それで良いのではないだろうか。

「本当に裏切らない」という確信は信じる事でしかもはやできないのだから。

 

そういう意味で、神というのはよくできたシステムだと思う。

一方で、仏教では「釈迦はあの日に悟った」ということを信じるという信仰のみを持つ。

悟った内容がわからないところがポイントだ。何を悟ったのか。そこから数千年の流転が始まる。

 

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