メール

*1

この手紙はだれに届くのだろう。そう考えて宛先をわざと隠す。ボトルに入れたメールを海へ流したとき、そのボトルに入っている手紙には必ず書いた人のアドレスが入っている。誰かに届いて欲しいとつぶやいた人は、その人が誰であるかを本当は認知して欲しいのだ。そのボトルの中にはなにが書かれていようと、意味は一つしかない。「私がいます。」この私は匿名ではない。

 

*2

匿名であること、宛先がわからないこと、送り主がわからないこと、これらはそれぞれが異なる意味を持っている。メールが物理な意味合いが薄まってくると、出せる数もまた変わってくる。WEBのサービスも物理世界でのサービスもみな、なんらかのメールの亜種にすぎない。

*3

誰も配達していないのにメールが届くことをもはや疑う人はいなくなった。電磁場という不可思議な存在もなぜかその意味を問う人がいないままに受け入れられた。おそらく太陽がギラギラと頭上にある奇妙さと同じ程度には現代の人々には受け入れられてしまったのだろう。息を吸って吐くような自然さとして。意識しなくなって背景となったものとして。決して生活の中にはでてこないものとして。そして、たとえ気づいたとしても。

*4

いつでも私たちはメールの中身にしか興味がないことになっている。そこには誰かの噂や、今日買った商品の注文票、広告、生活の記録、悩み、告白、そういったものが書かれている。そういったものが書かれていることになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雑感

空という言葉は星に住まなかったら思いつかなかっただろう。あるいは生命。

たとえば最大という言葉、この概念すらすでに私たちの宇宙への見方が前提としてある。

これは、もっと違うものや見方が超えたところにあることを示唆しているようにみえる。

しかし、「見方」も「超えた」も「違う」も「示唆」も恐らく私たちの見方が前提としてある。

 

 

多様性

1

多様でありつづけることは理想でしかないのだろうか。もしかすると最終的には血が混じり合うことでしか問題は解決しないのではないか、と思う時がある。

そこに残るのは多様な文化ではなくひとつの文化とその地域的な差異に過ぎなくなる。

多様さを保ち続けるには何が必要なのだろうか。それは壁となるものだろうか。それとも生まれ出る泉のような多様さを生み出す源だろうか。

多様な文化を認めることが前提の社会の幾つかは必然的に多様であることの問題に直面する。

多様であるという概念すらないままに多様であるような社会があるとすれば、それはシステムの側に組み込まれた多様性なのかもしれない。

 

2

環境自体に遺伝に対応する概念があるとする。それをバズワードかもしれないがミームと呼ぶとする。多様さを少し安直に「自然の生き物は多様ではないか」というところから考えてみようとしている。

なぜ、自然に生きている生き物は多様なのだろう。この多様さを、例えばミームからできる「ヒト」に移し変えることはできないだろうか。この「ヒト」は生身の人間とは限らない。

3

いつしか、多様な「ヒト」が織りなす社会の中で、生身の人自体はいらなくなるかもしれない。人間は絶滅しなくとも文化単位では何度も消滅している。今後は文化は消滅せずに人間が消滅するという可能性もある。

 

4

エネルギーを奪い合い、生き残ったものが子孫を残すというのは一種のルールのあるゲームだろう。この自然にできた命のやりとりは、人において貨幣のやりとりに変わったのだとする。多様性がこのゲームの戦略の結果とするなら、「ヒト」の多様性もマネーゲームの戦略の結果として成立するのではないだろうか。そこには新たな「シゼン」があって、「ミドリ」に包まれた広大な「ダイチ」が拡がっている。

 

 

仮想化

1.

人間は自然の摂理のままに生きるべきであるとする。ここでいう自然とはなんのことだろうか。おそらくこの現象界のことを指していると思われる。

私たちは還元してしまえば古くから言われているようにアトムから構成されていて、このアトムは物理法則で記述される世界に住んでいる。そう私たちは思っている。

2.

「アトムは記述されている。」のだった。このアトムは「物理法則」で記述されている。

ではアトムは記述される姿のまま実在しているのか。記述される「姿」とは何を指しているのか。

3.

食べるという行為も、味覚や喉越しのようなものは仮想なもので置き換えられるのだろう。ここで仮想といっているものは、模倣されたということを意味するのなら、一体何を模倣しているのだろうか。味覚だろうか。より根底にある物理法則だろうか。

4.

仮想化されているものの最初は言葉の代わりとしての文字だったと思われる。次に音だ。

今、視覚がそれに加わろうとしている。

5.

誰もがインターネットの階層の下にある層に興味をもたなくなるように、もしくは半導体の基盤のようなものに一人一人の物理的な肉体がなるのだとしたら。その肉体に興味をもたなくなることは不思議でもなんでもないことだ。

その手触り、風の囁き、すべてがむしろ仮想の側にあるようになるのだから。肉体の側はむしろ、私たちの皮膚の内側に流れている血や内臓のような見てはいけないものになる。