日々の雑感

 

ネット

ネットサーフィンで仏教論理学というのを見ていたのですが奥が深いですね。昔の仏教も論理学的な部分をきちんと認識していたようなのです。ただ、少し思い出すと、神学であっても、聖書を前提とした論理的な議論は行われているわけで、どちらの世界でも、それを進めていった結果、何かがあったのだろうかと思うところはあります。

国と宗教

日本の仏教は結局、日本にとって何になったのでしょうか。国によって取り込まれた宗教は簡単に死んでしまいます。中国で仏教は消えたのも、日本で陰陽道が消えたのも、すべて国の体制が変わったからで、それが本当に人を救うことや自らを救う事になったのか。

瞑想

ただ、山に籠って座禅を組むことでは、国も人も変える事はできないのではない気がします。自分を世界に適応させるということは、ただ、石が壁にあたって砕けるのと何が違うというのでしょうか。砕けただけなのではないでしょうか。それでも、私たちは自分を自分で変えていくしかないのだとしたら。

内面

内面の追求と自己満足と自尊心の違いは何でしょうか。他者依存であることを否定する事も、自己満足にひたることもただ否定し、バランス、文脈を尊重する事、あるいはそのことそのものを問題にしない事、その程度のことであるなら、そんなことはどの時代にも。。

言葉

言葉にならないことを伝えるために私たちは言葉を使うのでしょうね。でも、言葉は私たちの身体以上のことをつかうに適当なのかどうか、私にはわかりません。もっと拡張した感覚器と伝達手段を、人間は埋め込む必要があるのかもしれません。

 

 

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